文学と芸術
日本人の「寂しさ」 - 詩人茨木のり子の考える戦争の原因

Glass Story
戦争体験と茨木のり子
戦時中に思春期を過ごした詩人の茨木のり子はかつて『わたしが一番きれいだったとき』という詩を書いた。
わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けたそんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた
だから、茨木のり子は、一人の詩人として、敗戦後の日本に二度と同じ悲劇をもたらさない、ということを使命感のように持ちながら詩を綴った。
有名な『自分の感受性くらい』や、『倚りかからず』など、時代の流れに抗える力を持ってほしいという明確なメッセージを込めた詩も多い。
戦争の原因としての「寂しさ」
そして、自身の戦争体験と、同じく詩人の金子光晴の言葉から、茨木のり子は、日本の戦争に至った原因として一つの考えに辿りついた。
それは、この国に漂う「寂しさ」が原因だ、というものだった。
第二次世界大戦時における日本とは何だったのか、なぜ戦争をしたのか ─── 貧困のさびしさ、世界で一流国とは認められないさびしさに、耐えきれなかった心たちを、上手に釣られ一にぎりの指導者たちに組織され、内部で解決すべきものから目をそらされ、他国であばれればいつの日か良いくらしをつかめると死にものぐるいになったのだ、と考えたとき、私の経験した戦争(十二歳から二十歳まで)の意味がようやくなんとか腑に落ちたのでした。
このメンタリティは、黒船来航の時代から今もずっと連綿と受け継がれている。西洋に置いていかれる、欧米ではどうだ、バスに乗り遅れるな、と。
そして、その「寂しさ」を埋めるために、心は何かを探し求める。
しかし、「寂しさ」があること、その「寂しさ」を何かで埋めようとすること自体は、決して間違いでもなければ、避けられるものでもない。
問題なのは、寂しさで腹を空かせた心に「美味しい餌」をぶら下げる連中がいることだ。
だからこそ、自分の心の内奥を見つめ、自己点検することが大事だと彼女は言う。
寂しさと美しさ
それと、もう一点だけ加えると、この「寂しさ」を、美的情緒と結びつける感性が日本の文化には宿命的に備わっている。
たとえば散っていく花びら、舞い落ちる木々の葉、沈んでいく夕陽と重ねるようにして、僕たちは強大な欧米諸国を相手に命を賭して散っていく若い命さえも「美的」に捉えることに抗いがたい悲劇的な感性を宿している。
その「寂しさ」の感受性は失ってはいけない。
しかし、その舵取りを見失えば(奪われれば)、「散っていく」主体そのものが完全に散っていく。
寂しさを歌にする詩人が自死を最後の詩として選ぶように。
日本はまた、「散っていく」時代に入った。高度成長を「寂しさ」の餌に与えられて、暴走したツケは今の若者世代以降が支払うことになる。
そのとき僕たちは、同じ過ちを繰り返さずに済むだろうか。
それとも、また「美しく」「散っていく」のだろうか。「寂しさ」とともに。
遠山がすみ、山ざくら、蒔絵螺鈿の秋の虫づくし。
この国にみだれ咲く花の友禅もやう。
うつくしいものは惜しむひまなくうつりゆくと、詠歎をこめて、
いまになほ、自然の寂しさを、詩に小説に書きつゞる人人。
ほんたうに君の言ふとほり、寂しさこそこの国土着の悲しい宿命で、寂しさより
他なにものこさない無一物。だが、寂しさの後は貧困。水田から、うかばれない百姓ぐらしのながい伝統から
無知とあきらめと、卑屈から寂しさはひろがるのだ。あゝ、しかし、僕の寂しさは、
こんな国に僕がうまれあはせたことだ。
この国で育ち、友を作り、
朝は味噌汁にふきのたう、
夕食は、筍のさんせうあへの
はげた塗膳に坐ることだ。そして、やがて老、祖先からうけたこの寂寥を、
子らにゆづり、
樒の葉のかげに、眠りにゆくこと。そして僕が死んだあと、五年、十年、百年と、
永恒の末の末までも寂しさがつゞき、
地のそこ、海のまはり、列島のはてからはてかけて、
十重に二十重に雲霧をこめ、
たちまち、しぐれ、たちまち、はれ、
うつろひやすいときのまの雲の岐れに、
いつもみづみづしい山や水の傷心をおもふとき、
僕は茫然とする。僕の力はなえしぼむ。僕はその寂しさを、決して、この国のふるめかしい風物のなかからひろひ出した
のではない。
洋服をきて、巻たばこをふかし、西洋の思想を口にする人達のなかにもそつくり
同じやうにながめるのだ。
よりあひの席でも喫茶店でも、友と話してゐるときでも断髪の小娘とをどりな
がらでも、
あの寂しさが人人のからだから湿気のやうに大きくしみだし、人人のうしろに影
をひき、
さら、さら、さらさらと音を立て、あたりにひろがり、あたりにこめて、永恒か
ら永恒へ、ながれはしるのをきいた。『寂しさの歌(抜粋)』金子光晴著
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